DXとジョブ型雇用による人事・組織の変化

 デジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた努力がコロナ禍を機に加速している。特にリモートワークの普及は情報通信技術(ICT)・人工知能(AI)導入への抵抗を弱め、一気に障害を取り除きつつある。こうした動きが広がるなか、日本企業の人事や組織がどう変わるのか最近の研究を基に整理したい。

出典:日本経済新聞 令和4年2月9日 大湾秀雄・早稲田大学教授

人事・組織への影響

  1. ICT・AI技術の導入が進む職種では、通常は経験年数とともに生産性が上昇する関係(生産性カーブ)が、既存スキルの陳腐化で、経験が蓄積されても生産性が上がらない「フラット化」もしくは「傾きの逆転」が生じ得る。
  2. 理論上、コミュニケーションコストの低下は組織の上下層間での情報統合・伝達のコストを下げ、集権化を促す。他方、情報取得コストの低下は、従業員間の情報共有も加わり分権化につながる。欧米での実証分析によると、組織の上層では集権化、下層では分権化に向かう力が強くなっていることが示された。
  3. 仕事とスキルをマッチさせる(適材適所)の重要性が一層高まる。仕事の高度化・非定型化で能力による生産性格差が増したことや、適切な人材を探すためのサーチコストの低下が背景にある。組織内外での人材流動化も重なり、賃金格差の拡大をもたらす。
  4. 長期インセンティブ(誘因)が消失しつつある。中間管理職の減少は成長鈍化で低下した昇進確率を一層低下させる。生産性カーブのフラット化は年功的賃金が多くの企業で維持できないことを意味する。モチベーション維持のため短期インセンティブを強める必要が高まるだろう。

ジョブ型雇用の3つの柱

職の標準化

  • 賃金を生産性に近づける必要性(年功的賃金からの脱却)
  • 仕事とスキルをマッチさせることの重要性(スキル要件の明確化)
  • 賃金体系に市場賃金を反映させる必要性(インセンティブ)

人事の分権化

人事権の集中(これまで)
 計画的な配置で幅広い経験と人脈を構築し、企業特殊的な調整能力を高めること。

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人事権の分権化
 仕事とスキルのマッチングを効率的に進めたり、部下育成への現場の関与を高めたりするため、分権的な仕組みにシフト。現場マネジャーの意識改革も必要。

自律的なキャリア形成

 技術革新のスピードが速くなり、学び直しが一層求められる環境になっている。
 スキル形成を急ぐには、企業の育成投資増だけでなく学ぶ意欲の向上が不可欠。それには自分のキャリアは自分で作るというオーナーシップ意識を育み、キャリア構築のための社員への情報提供が欠かせない。

ジョブ型雇用の導入は人的資本投資の増大を引き起こす

 ジョブ型雇用の導入は、人的資本投資の増大を引き起こす。ジョブ型雇用への移行は離職率を高め、企業の人的資本投資を減らすという議論もあるが、筆者は逆だと考える。確かに一般的な人的資本モデルで考えると投資意欲は低下しそうだ。だが従来のモデルでは、人的資本投資を契約に含めた採用・転職市場での競争は想定されていないし、経営人材獲得のリターンが十分に考慮されていない。
 ジョブ型雇用が理想的な形で導入されれば、スキルを高めなければ給料は増えないので、社員も応募者も自己研さん意欲を高め、人材育成に熱心な企業に就職・転職しようとする。優秀な人材を引きつけるため、大企業は人材育成投資を増やす。優秀な将来の経営人材を獲得することのリターンは非常に高いので、離職率が上昇しても投資コストを回収できる。欧米企業が人材育成に多くのリソース(資源)を割いていることはこの見方を支持する。

 DXが進んでいるが、欧米企業とは異なり日本的な社会風土からジョブ型雇用への移行は単純にはうまくいきそうにない。リスキリングや人事の課題はまだまだ多い。